Saturday, November 23, 2024

ブログ11 「いいと思う日本のもの・こと」

 私がいいと思う日本の「もの」の一つは、文房具です。これを選ぶ学生は結構いるかもしれないので、あまりたくさんは書かない方がいいですね(笑)。日本の文房具は優れた技術が使われていて、本当に便利で、そしてデザインも洗練されていてカワイイものが多いと思います。いいものは本当にたくさんあるんですが、その中でも私が日々使っているものの一つが、針無しホッチキス(ステイプラー)です。下は、私が持っている「コクヨ」というメーカーの「ハリナックス」という製品です(ネーミング(名づけ)も「針をなくす」と言う日本語を英語っぽくしていて、おしゃれですよね!)。いろいろな色が出ているので、それも楽しいです。


                                        https://www.cocodecow.com/coco/gi/892207/


 皆さんももしかしたらもう使っているかもしれませんね。針を使わずに紙を留めることができます。たくさんの紙を留めることは無理だし(5、6枚ぐらいまでならOK!)、強度もないので引っぱったら取れてしまいますが、気をつけてやさしく紙を扱えば大丈夫です。針を買う必要がないし、紙だけなのでリサイクルもしやくすくなるし、環境にも優しい製品です。 

 日本の文房具には、「なんて便利なの!!!」「こういう物が欲しかった!!!」と思うようなものがたくさんあるので、日本に帰った時はいつも文房具の店でいろいろな商品を見るのが楽しみです。

Saturday, November 16, 2024

ブログ10 何かの作り方

 子供のころ、ささの葉(bamboo leaf)で、小さい舟(ふね boat)を作って遊びました。作った舟が水の上に上手に浮かんだら、とても嬉しかったです。




作り方は次のYoutubeサイトに分かりやすく説明されています。興味があったら、ぜひ見て作ってみて下さい。

葉っぱを使った遊び 笹舟:
https://www.youtube.com/watch?v=du2Km5UTUzs 

 私が子供の頃は、今よりずっと安全だったので、いつも外で友達と、草や花や木や昆虫(こんちゅう insects)で遊んだものです。でも、今の子供たちは、家の中でゲームばかりしていて、あまり外で遊んだ経験がないんですね。もちろん、昔に比べて世の中が危険(きけん)になっているので、子供だけで外で遊ぶことができない環境(かんきょう)になってきているので、仕方がないのかもしれません。でも、昔の子供達の遊びがどんどん消えていくのは、寂(さび)しいことですね。

Thursday, November 7, 2024

ブログ9:好きなトピック

  私は野球が特に好きというわけではありませんが、6年前に、日本からアメリカの大リーグ(Major League)にやって来た、大谷翔平(おおたにしょうへい)という選手を紹介したいと思います。もうアメリカでもすごく有名になってしまったので皆さんご存じかもしれませんが、大谷選手がちょっと他の選手と違うのは、彼がピッチャーとしても、バッターとしても優秀だという点です。普通はピッチャーは投げることだけに専念しますが、大谷選手はバッターとしても試合で活躍してきました。大リーグに来る前の2015年に大谷選手は日本のプロ野球で、ピッチャーとして15勝をあげ、バッターとしては20本のホームランを打ったそうです。大谷選手は日本でとても人気があったので、彼が日本のプロ野球を辞めて、アメリカの大リーグに挑戦するというニュースが流れた時には、日本の野球ファンはとても残念がったそうです。

 大谷選手は、大リーグに来てまずロサンゼルスエンジェルズで大活躍しました。アメリカではピッチャーとバッターと両方をする選手はほとんどいないそうなので、大谷選手が成功するかどうか、とても注目されていました。2022年は34本のホームランを打ち、投手としては15勝をあげました。そして、2023年に行われたWorld Baseball Classicでは、日本チームを優勝に導き、大会のMVPに選ばれました。
 今年はロサンゼルスドジャーズに移籍しましたが、ひじのけがで手術をしたためピッチャーは出来ず、バッターに専念しました。その結果、今シーズン、54本のホームランを打ち、ドジャーズのWorld Seriesの優勝にも貢献しました。大谷選手は日本の宝です!来年はまた大谷がピッチャーをするのを見られるといいなと思います。

          
https://www.spotvnews.jp/news/articleView.html?idxno=4887#google_vignette

https://tower.jp/article/feature_item/2024/07/16/3008

ブログ8のトピック:今までに日本が外国から輸入したものを一つ選んで調べて、どのような歴史があるのか紹介してください。

 私は、スパゲティの日本での歴史について書きたいと思います。今では、大都市には本格的なイタリア料理の店もたくさんありますが、私が子供のころは、パスタという言葉は知られていなくて、スパゲティやマカロニがよく家庭で食べられているパスタでした。

 日本へ最初にパスタが持ち込まれたのは、江戸時代の終わりの横浜に作られた外国人居留地だったそうです。その頃、スパゲティを初めて見た人々は、「うどんのようだ」と思ったらしいです。昭和の初め頃から、一部のレストランなどでパスタの料理が食べられるようになったそうですが、パスタが一般化したのは、1950年代以降のことだそうです。
 特に、1970年代ごろからスパゲッティ・ナポリタンという料理が流行して、ファミリーレストランや、家庭でも作られるようになりました。これは、ゆでたスパゲティーをたまねぎ、ピーマン、マッシュルームなどの野菜と、切ったソーセージと一緒にトマトケチャップで炒める料理です。

https://allabout.co.jp/gm/gc/186773/

このスパゲティ・ナポリタンという料理は、実は日本人が作り出した料理で、本当のイタリア料理ではないのです。ナポリはイタリアの町ですが、そこでは、トマトを使った料理が多いそうです。そして、ナポリタンという言葉は、フランス語で、ナポリ風のトマトを使った料理という意味です。この料理を考案した横浜にある、ホテル・ニューグランドのシェフが、フランス料理の専門だったので、この名前が付けられたと言われています。私が子供のころ、よく給食にも出たし、母もよく家で作ってくれました。他に、スパゲティ・ミートソースと、マカロニサラダが、日本人の家庭でよく食べられている料理だと思います。
 1980年代には本格的なイタリアンレストランが開業され、1990年代には「イタめし」という言葉もできるほどのイタリア料理ブームが起きました。今では、梅しそやたらこ、納豆や海苔など、日本独自の味付けによる和風のスパゲッティ料理も数多く食べられていて、日本人の食卓に欠かせない食べ物になっています。

Sunday, October 27, 2024

ブログ7:ミニ発表11の下書き

 自分の国について、次のトピックAかBのどちらか一つを選んで、絵や写真などを使って分かりやすく5分程度で話してください。教科書のp. 256の発表の仕方も参考さんこうにしてください。


A: 歴史上の人物: 
·  いつ、どこで、何をした人か。その人の人生じんせいを時間に沿そって(chronologically)説明する。
·  その人のしたことは、歴史的にどんな意味があるのか。

B: 食べ物など
· どのように始まって、どのように変化してきたのか
· その食べ物は自分の国の人々にとってどのような食べ物なのか

 私は餅の歴史について調べてみました。日本の文化では、餅は、お正月などの大切な日に食べられる食べ物の一つです。日本ではもち米を用いて作る餅が一般的です。作り方は、まずもち米をといでから十分に水に浸しておいた後に、水気を切り、蒸します。次に、蒸したもち米を杵と臼で米粒の形がなくなるまでついて、いろいろな形にしたら出来上がりです。   
    

最後に、それらに砂糖、しょうゆ、のりなどで味付けしたり、スープなどの料理に入れて食べます。 
     
                                                     

平安時代になると、餅は神聖で縁起のよい食べ物という意味が強くなって、季節・行事ごとに食べられるようになりました。そのころから、鏡餅が作られるようになったそうです。
 
  
1193年に書かれた『吾妻鑑』という本には、黒・赤・白の三色の餅と書かれていて、そのころから、白以外の色餅が作れれていたことがわかるそうです。また、東日本では主に四角い形の餅が、西日本では丸い形の餅が食べられているそうで、場所によって餅の形に違いがあるようです。面白いですね。下の図は、お正月に食べられる「お雑煮」というスープの中に入れる、餅の形を示したものです。スープの味付けも、東日本はしょうゆ味、西日本は味噌味と違いがありますね。
    
    http://www.kagamimochi.jp/saguru/page4-2.html 

Thursday, October 17, 2024

ブログ6

「私が好きな歴史上の人物」

 (日本人でも他の国の人でもいい)いつ、どこで、何をしましたか。どうしてその人が好きですか。


 私が好きな歴史上の人物の一人に、杉原 千畝(すぎはら ちうね 1900 - 1986年)という人がいます。杉原は、日本の外務省に勤める、外交官だった人です。彼は、第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館というところで働いていました。その時、リトアニアにはナチス・ドイツの迫害のせいで、ポーランドなどのヨーロッパの各地から逃げて来た難民たちがたくさんいました。そのころ、日本はナチス・ドイツと同盟を結んでいたので、日本の政府/外務省は、そのような難民達を日本に入れてはいけないと命令していたそうです。
 しかし、杉浦は、そのような難民の人達の状況を知って、とてもかわいそうだと思っていたそうです。それで、1940年7月から8月にかけて、日本の外務省からの命令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、約6,000人もの避難民が日本に行けるようにしてあげて、助けてあげたのです。その避難民の多くが、ユダヤ人系の人達だったので、「東洋のシンドラー」などと呼ばれることがあるそうです。(「シンドラー」は、オスカー・シンドラー(Oskar Schindler)のこと)

                                          

その当時、日本政府の命令に従わないと仕事を辞めさせられたかもしれないのに、危険を冒してまで難民の人を助けてあげた杉浦は、立派な人だと思います。

ブログ5

 今まで使ってみて便利だと思ったものについて、紹介して下さい。(例:自動販売機、スマホのアプリ、台所で使うものなど)


私が今までに買ったものの中で便利だと思った物の一つは、この透明のポーチです。授業の時に、ノートパソコンを教室のプロジェクターや音声ジャックにつなぐためにいくつかのアダプターを使うので、それを入れるために使っています。どうして便利かというと、見た目の通り、透明なので、中にある物がすぐ見えるからです。欲しいものをすぐに探すことができ、時間を短縮できます。また、底が太くて上の方が細くなっているので、安定して立てた状態で置いておくことができます。横に倒れやすいと、中の物が外に出て床に落ちてしまったりすることがありますが、このポーチだとそういう心配がありません。最後に、やや硬い素材で出来ているので、形が崩れにくく、中に入っているアダプターなどが壊れないように守ってくれます。このポーチを買って正解だったと思いました。


         

Tuesday, October 1, 2024

ブログ4

 コンビニやスーパー、または他の何か(例:コンピュータ、携帯電話 など)が発達したことで、どんないいこと、悪いことがあると思いますか。


 私は皆さんに比べると、もう何億年も生きているので、私が子供の頃や若い頃にはなかった物や、想像もできなかった物が今現在使われています。ほとんどの物は、私達の生活を便利にして、私達の時間を増やしてくれていると思います。皆さんが生まれる前はどのぐらい不便だったか、ちょっと書いてみたいと思います。
 今は、家事をするためのいろいろな器具がありますね。でも、私が子供の頃は、炊飯器はありましたが、保温の機能がなかったので、ごはんが炊きあがったら、すぐ食べないと、冷たくなってしまいました。
       
古いタイプの炊飯器



最近の炊飯器


でも、今は、保温を始め、いろいろな機能がついている便利な炊飯器がどんどん開発されています。洋服を乾かす乾燥機も、アメリカではどの家にもあるものですが、私が大学生の時でも、日本にはほとんどありませんでした。洗濯をしたら、外に一つ一つ干さなければなりませんでした。結構時間がかかりました。日本は雨が多いので、雨の日は、家の中に干さなければならず、乾くのにだいぶ時間がかかって不便でした。
        
            

 音楽を楽しむための器具もどんどん開発されて変化していますね。私が子
供のころは、音楽を聞くのはレコードでした。レコードプレーヤの針はとても壊れやすく、レコードも落としてしまったらすぐに割れてしまう物でした。

        

録音するためには、リール(reel)を使った録音機を使いました。

       

その次に出てきたのがカセットテープを使ったカセットプレーヤです。録音も再生もできました。レコードよりずっと小さくて壊れにくいので便利でしたが、何回も再生すると、テープが伸びてしまったりしました。

  

やがて、レコードの代わりにCDが使われるようになりました。それは皆さんも知っていますね。
 今は携帯電話などにたくさんの音楽が入れられるのでとても便利ですね。でも、私のように、不便だった時代を知っている人間には、技術の発展が時々こわくなることがあります。もし、ある日、石油などの燃料がなくなって、電気が全然使えなくなったりしたら、私たちは生きていけるのだろうかと。

Sunday, September 22, 2024

ブログ3:あなたがよく行く店(スーパー、コンビニなど)について教えてください。

  私が毎週食料品を買う店は、東京セントラルという日系のスーパーです。以前はマルカイという名前でしたが、最近オーナーが変わって、この名前になりました。東京セントラルではせんべいからさしみまで、様々な日本の食料品や雑貨を買うことができます。日本から取り寄せているのでもちろん日本で買うよりは高いですが、とても便利です。近くにミツワマーケットなどもありますが、東京セントラルの方がミツワより安いので、私は東京セントラルの方によく行きます。          

                                        https://la-life.info/tokyocentral-marukai/
                                                      
 
 でも、最近、野菜を買うために、中国系のスーパー、「99 Ranch Market」にも行くようになりました。というのは、そのスーパーの野菜の方が東京セントラルより新鮮だし、もっと多くの種類の中国人が食べる野菜を売っているからなんです。値段も東京セントラルよりずっと安いようです。99 Ranch Marketでは、新鮮な魚やカニなども売っています。中国の人たちの食文化は、とても豊かだなあと思います。
 
https://www.supermarketnews.com/online-retail/asian-american-grocer-99-ranch-market-expands-delivery-instacart

 大学生の時、ミシガン州に住んでいたことがありますが、そこには日系のスーパーといったものは全然なくて、大変不便に感じていました。それに比べると、ロサンゼルスは日本人にとってとても住みやすい場所ですね。

Tuesday, September 10, 2024

ブログ2:ミニ発表2の下書き

 みなさんの国、または、アメリカの教育制度の問題について話してください。


 私は、ずっと公立の学校に行ったので、あまり大変ではありませんでした。高校2年生の終わりまでは、毎日部活で剣道をしていて忙しかったので、なかなか受験勉強をすることはできませんでした。でも、大変じゃなかったと言っても、やはり大学受験の時は、たくさん勉強しましたよ。高校3年になってからは、寝ている時と、ごはんを食べている時以外は、ずっと勉強をしていました。でも、寝る時間は7、8時間寝ていましたから、教科書に出てきた四当五落に比べるとずっと多いですね。塾に行くことも考えましたが、塾は高いし、あまり効率的ではないと思ったんです。そこで、塾には行かないで、ラジオの受験講座を聞きながら一人で勉強をすることにしました。一人で勉強していると、なかなか思うように点数が上がらなくて心配しました。でも、家族や先生に助けてもらって、なんとか大学に合格することができました。私が入った琉球(りゅうきゅう)大学は、田舎の沖縄にあって偏差値も低いし、有名な大学ではありませんでした。でも、一方で、学生たちは勉強が好きで先生方も熱心だったので、いい大学だったと思います。大学4年の時にアメリカに留学して、その後、アメリカで大学院に行きました。私は、自分の経験に満足しています。

Thursday, July 11, 2024

ブログ1 自己紹介

 ブログ1のトピック自分の自己紹介(じこしょうかい)を書いてください。

(例) 

-        出身地(しゅっしんち)

-        専攻(せんこう)

-        趣味(しゅみ)や興味(きょうみ)があること

-        将来(しょうらい)の希望(きぼう)

-        その他


はじめまして!

 みなさん、こんにちは。

 私は玉那覇雅子(たまなはまさこ)です。南カリフォルニア大学で日本語を教えています。毎日忙しいですが、学生たちはよく勉強するので仕事はとても面白いです。私は日本の沖縄(おきなわ)から来ました。沖縄は日本の一番南にあって、暑い所です。海がとてもきれいです。今のしゅみは、韓国語の勉強と韓国(かんこく)のドラマや映画を見ることです。旅行するのも好きですが、旅行はお金がかかるので、あまり行けません。私が旅行した場所の中で一番好きなところは、日本の京都です。たくさん立派できれいなお寺や神社があります。京都は日本で一番きれいな町だと思います。でも、最近は観光客が多すぎて、ゆっくり観光ができません。残念です。

 今年の夏休みは、ふるさとの沖縄で2週間ほど過ごした後、北海道に旅行しました。計画をたてる時間がなかったので、全部で1週間ぐらいのツアーに申し込みました。北海道は前に一度旅行したことがあって、有名な観光地はもうだいたい見たことがあったので、今回は、北海道の東側の自然を見るツアーに参加しました。面白かったのは、いろいろな動物を見たことです。一番多かったのは、鹿(しか)で、何度も見ました。他には、タンチョウというきれいな鳥やきつねを見ました。一番すごかったのは、知床(しれとこ)国立公園で熊(くま)を見たことです。道路のすぐそばに熊がいて、バスの中から見ました。その時のビデオです。



大きいバスの中にいたから大丈夫でしたが、もし、外を歩いている時に熊に出逢ったらとても怖かったと思います。
 私は中学生の時から英語を勉強してきましたが、外国人と英語で話すことができてとてもうれしかったです。ですから、日本語を外国の人に教えることに興味を持つようになりました。外国の人が日本語を勉強するのを手伝いたいと思ったんです。これからも、たくさんの人が日本語が上手になるように、がんばって仕事をしていきたいと思います。

どうぞよろしく。