Sunday, October 27, 2024

ブログ7:ミニ発表11の下書き

 自分の国について、次のトピックAかBのどちらか一つを選んで、絵や写真などを使って分かりやすく5分程度で話してください。教科書のp. 256の発表の仕方も参考さんこうにしてください。


A: 歴史上の人物: 
·  いつ、どこで、何をした人か。その人の人生じんせいを時間に沿そって(chronologically)説明する。
·  その人のしたことは、歴史的にどんな意味があるのか。

B: 食べ物など
· どのように始まって、どのように変化してきたのか
· その食べ物は自分の国の人々にとってどのような食べ物なのか

 私は餅の歴史について調べてみました。日本の文化では、餅は、お正月などの大切な日に食べられる食べ物の一つです。日本ではもち米を用いて作る餅が一般的です。作り方は、まずもち米をといでから十分に水に浸しておいた後に、水気を切り、蒸します。次に、蒸したもち米を杵と臼で米粒の形がなくなるまでついて、いろいろな形にしたら出来上がりです。   
    

最後に、それらに砂糖、しょうゆ、のりなどで味付けしたり、スープなどの料理に入れて食べます。 
     
                                                     

平安時代になると、餅は神聖で縁起のよい食べ物という意味が強くなって、季節・行事ごとに食べられるようになりました。そのころから、鏡餅が作られるようになったそうです。
 
  
1193年に書かれた『吾妻鑑』という本には、黒・赤・白の三色の餅と書かれていて、そのころから、白以外の色餅が作れれていたことがわかるそうです。また、東日本では主に四角い形の餅が、西日本では丸い形の餅が食べられているそうで、場所によって餅の形に違いがあるようです。面白いですね。下の図は、お正月に食べられる「お雑煮」というスープの中に入れる、餅の形を示したものです。スープの味付けも、東日本はしょうゆ味、西日本は味噌味と違いがありますね。
    
    http://www.kagamimochi.jp/saguru/page4-2.html 

Thursday, October 17, 2024

ブログ6

「私が好きな歴史上の人物」

 (日本人でも他の国の人でもいい)いつ、どこで、何をしましたか。どうしてその人が好きですか。


 私が好きな歴史上の人物の一人に、杉原 千畝(すぎはら ちうね 1900 - 1986年)という人がいます。杉原は、日本の外務省に勤める、外交官だった人です。彼は、第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館というところで働いていました。その時、リトアニアにはナチス・ドイツの迫害のせいで、ポーランドなどのヨーロッパの各地から逃げて来た難民たちがたくさんいました。そのころ、日本はナチス・ドイツと同盟を結んでいたので、日本の政府/外務省は、そのような難民達を日本に入れてはいけないと命令していたそうです。
 しかし、杉浦は、そのような難民の人達の状況を知って、とてもかわいそうだと思っていたそうです。それで、1940年7月から8月にかけて、日本の外務省からの命令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、約6,000人もの避難民が日本に行けるようにしてあげて、助けてあげたのです。その避難民の多くが、ユダヤ人系の人達だったので、「東洋のシンドラー」などと呼ばれることがあるそうです。(「シンドラー」は、オスカー・シンドラー(Oskar Schindler)のこと)

                                          

その当時、日本政府の命令に従わないと仕事を辞めさせられたかもしれないのに、危険を冒してまで難民の人を助けてあげた杉浦は、立派な人だと思います。

ブログ5

 今まで使ってみて便利だと思ったものについて、紹介して下さい。(例:自動販売機、スマホのアプリ、台所で使うものなど)


私が今までに買ったものの中で便利だと思った物の一つは、この透明のポーチです。授業の時に、ノートパソコンを教室のプロジェクターや音声ジャックにつなぐためにいくつかのアダプターを使うので、それを入れるために使っています。どうして便利かというと、見た目の通り、透明なので、中にある物がすぐ見えるからです。欲しいものをすぐに探すことができ、時間を短縮できます。また、底が太くて上の方が細くなっているので、安定して立てた状態で置いておくことができます。横に倒れやすいと、中の物が外に出て床に落ちてしまったりすることがありますが、このポーチだとそういう心配がありません。最後に、やや硬い素材で出来ているので、形が崩れにくく、中に入っているアダプターなどが壊れないように守ってくれます。このポーチを買って正解だったと思いました。


         

Tuesday, October 1, 2024

ブログ4

 コンビニやスーパー、または他の何か(例:コンピュータ、携帯電話 など)が発達したことで、どんないいこと、悪いことがあると思いますか。


 私は皆さんに比べると、もう何億年も生きているので、私が子供の頃や若い頃にはなかった物や、想像もできなかった物が今現在使われています。ほとんどの物は、私達の生活を便利にして、私達の時間を増やしてくれていると思います。皆さんが生まれる前はどのぐらい不便だったか、ちょっと書いてみたいと思います。
 今は、家事をするためのいろいろな器具がありますね。でも、私が子供の頃は、炊飯器はありましたが、保温の機能がなかったので、ごはんが炊きあがったら、すぐ食べないと、冷たくなってしまいました。
       
古いタイプの炊飯器



最近の炊飯器


でも、今は、保温を始め、いろいろな機能がついている便利な炊飯器がどんどん開発されています。洋服を乾かす乾燥機も、アメリカではどの家にもあるものですが、私が大学生の時でも、日本にはほとんどありませんでした。洗濯をしたら、外に一つ一つ干さなければなりませんでした。結構時間がかかりました。日本は雨が多いので、雨の日は、家の中に干さなければならず、乾くのにだいぶ時間がかかって不便でした。
        
            

 音楽を楽しむための器具もどんどん開発されて変化していますね。私が子
供のころは、音楽を聞くのはレコードでした。レコードプレーヤの針はとても壊れやすく、レコードも落としてしまったらすぐに割れてしまう物でした。

        

録音するためには、リール(reel)を使った録音機を使いました。

       

その次に出てきたのがカセットテープを使ったカセットプレーヤです。録音も再生もできました。レコードよりずっと小さくて壊れにくいので便利でしたが、何回も再生すると、テープが伸びてしまったりしました。

  

やがて、レコードの代わりにCDが使われるようになりました。それは皆さんも知っていますね。
 今は携帯電話などにたくさんの音楽が入れられるのでとても便利ですね。でも、私のように、不便だった時代を知っている人間には、技術の発展が時々こわくなることがあります。もし、ある日、石油などの燃料がなくなって、電気が全然使えなくなったりしたら、私たちは生きていけるのだろうかと。